無輸血手術その5(自宅に帰る)

17:30分ごろ自宅に到着。妻を奥の部屋に寝かせた。

(この家は5LDKで1989年にエホバ神からいただいた温泉付きの家であった。そのいきさつは後日掲載予定)

しかし、寝かせたものの身動きするのも痛そうだった。病院に駆けつけて下さった姉妹たちも、引き続き妻のそばにいて下さった。

少し時間が経って、妻が「話し声がきつい」と私に言った。いつも辛抱強い妻の発言とは信じられないと思った。それ程、具合が悪いのだと直感した。

それで、枕もとで見守っていてくださっていた姉妹たちに、リビングに移動していただいた。寝室とリビングは、吹き抜けの玄関を挟んで反対側にある。

寝室は西日を障子がさえぎり、薄暗い。今の妻にとっては、その暗さと静けさが一番気が休まると思った。その一方、姉妹たちが誤解はしないかと心配であった。別の部屋で待機していては、付き添っている意味がないと思っても当然である。その日は火曜日で午後7時からは、私の家で集会を開く予定だったが、別の家で集会を開いてもらうよう前もって依頼しておいた。(集会はエホバの証人の間では、とても大切な存在である。)

時刻は18:30分ごろになっていた。それで付き添っていてくださっていた姉妹たちも

集会に参加する準備のため、家に帰らなければならない。それに、妻が話すら体にこたえるということもあった。普通なら、せっかく心配して見舞いに来ているのに、気分を害されたかもと思った。

その中に二人の看護師がおられて、「血圧計を持ってきます。」と言って帰られた。