無輸血手術

無輸血手術に関する文献

一人の医師が20年でエホバの証人を7000人手術する

「エホバの証人」と無輸血手術の記事を書いたあるアメリカ人の医者がいた。 記事を書かれた時は、ニューヨーク医科大学臨床外科教授を勤めておられた、広瀬輝夫先生である。 記事の内容の抜粋を書くと、日本では一昨年六月、交通事故にあい、大けがをした少...
胃潰瘍の手術

オリジナルソング この感謝を その5(最終)

紹介された病院には水曜でも良いと言われた。それは、おそらく月曜が引っ越しで、火曜も会社の相談役を車でお連れする予定があることを先生に言ったのであろうと思われる。 「しかし、聖なる力はそれを許さず、月曜に紹介先の病院に行った。」と書いてあった...
胃潰瘍の手術

オリジナルソング この感謝を その4

3月24日 「妻の体調が悪い。むかむかするらしい。」お昼になにか悪いものをたべたのだろうか?とも思った。日記には「全体的に感謝の日々である。今は経済的には何の心配もない。タイでの生活が赤字続きだったのが、うそみたいである」とも書いてあった。...
胃潰瘍の手術

オリジナルソング この感謝を その3

タイから帰国して、2年間近く民間アパートに住んでいた。家賃が駐車場を含めて 76000円と高かったので、府営住宅に申し込んだ。何と新築の住宅に5.5倍の低き倍率で当選した。区域外だったので、一度は断念しようとも思った。しかし、ある事情で、引...
胃潰瘍の手術

オリジナルソング この感謝を その2

私たち夫婦は、2012年私が62歳、妻が67歳でタイに移り住んだ。1回目の無輸血手術が1997年の時だったので、手術後15年後のことだった。タイ語と格闘する日々だったが、 周りの良き友人たちのおかげで、楽しく充実した奉仕を楽しむことができた...
胃潰瘍の手術

オリジナルソング その感謝を その1

私は、現在大阪に住んでいるが、鹿児島の方と、毎週土曜日の17時から聖書の研究をZOOMで行っている。この方は75歳だが、公立高校を定年退職された後も、私立高校で 数学を今も教えておられる。ZOOM がなければ、研究もしてなかったと思われる。...
集中治療室15日間

無輸血手術その12(その後の妻)

1997年の事故から2023年まで、26年間が過ぎた。私の高校の同級生の四本君と帖佐君(いずれも開業医)は会うたびに、「奥さんは元気?」と聞かれた。特に帖佐君は「おかしいなあ?脾臓摘出だったら、どこかに支障がくるはずだがなあ」と正直な感想を...
集中治療室15日間

無輸血手術その11(無事退院)

一般病棟に移って、やれやれと思っていたところに、回診の医師から「MRSAに感染   しています。」 MRSA について調べてみると、感染経路は医療従事者の手指を介する接触感染や、医療器具を介した間接感染などと書いてあった。最悪の場合、死に至...
集中治療室15日間

無輸血手術その10(集中治療室)

集中治療室(ICU)では24時間体制での看護が始まった。どのくらいの患者がベッドに 横たわっていたかは、はっきり覚えていない。妻の鼻にはチューブが数本入れられている。 「中には耐えきれなくて、自分でチューブを引き抜く方もおられるんですが、奥...
集中治療室15日間

無輸血手術その9(奇跡が起きる)

ちょうどその時(22:30頃)、10メートルくらい先の通路を、一人の人が歩いて通り過ぎようとしているのが見えた。 「あっ、院長先生だ。」 私はとっさに院長先生にかけより、「院長先生、私です。 エホバの証人で会見をお願いした。」 「ああ、ああ...