時は2018年、ここはチェンマイ大学の中にある、こぎれい
な喫茶店である。目の前には池はあり、学生の息抜きの場所ともなっている
池の向こうには動物園もあり、人気のスポットである。3人の中年男性が、それぞれの持論
を展開しているが、まとまりがない。
しかし、よくここに集まっては談笑をするのが常だった。今日はここにいない北村さんの
話で盛り上がっていた。
「君たち知っていた?北村君がエホバだってさ」
山さんが発言した。「え?そう。あのエホバ 知らなかったね。ここまでいるとはねえ。日本にいた時も、しつこく家を訪ねてきたね。うんざりだったよ。」
関根さんが口を挟んだ。「でも彼、とても親切なんだ。この前なんか私を観光に連れて行ってくれたんだ。そして,食事までご馳走してくれた。」
山さん「それで、宗教のこと話された?」
「彼らは下心があるから親切にするんだよ」
関根さんが発言した。「北村君を呼んでディスカッションしませんか?日本ではそんな話を聞くなんて雰囲気じゃなかったけど。ここは異国でストレートに話せるからな。」
永野さんも「聞いてみたいな、彼らの信条とやらを」
山さんも同意した。
1週間後、その北村さんも来た。
開口一番 山さんが発言した。
「あなたはいつからエホバ?」
北村さんが言った。「1978年だから、かれこれ40年ですかね。」
田中さんが、すかさず質問した。
(この質問をしたら、彼らは困ると思って)
「あなたたちは、死ぬとわかっていても輸血を拒否するそうですね。医学よりも宗教を優先するんですね。」
北村さんが発言した。「私がお答えする前に、永野さんや関根さんも、このことについて、どうお考えですか?」
永野さんが「医学を否定するような宗教は怖いと、正直思っているんです。」
関根さんも「キリスト教も宗派がたくさんあるのに、輸血を拒否するのは、あなたたちだけですよね」「私の家内は、プロテスタントですが、献血にも行って輸血に協力していますよ。」
「医学を否定?」
「もし、それが事実なら私たちは病気の時、病院には行かずに、ある宗教団体のように、
信仰治療するのでは、ないでしょうか。治してもらいたいからこそ病院に行くのです。」
「それに、我々の仲間には、医師や看護師も、少なからずいます。」「ある外科医のエホバの証人は、兵庫県、川西市の市民病院の外科部長を定年まで勤めたんですよ。」
「へー、外科医もいる?そんなこと初めて知りました。私のイメージと全然違いますな?」と永野さん。彼は、文芸春秋に手記を掲載したんです。タイトルは「輸血せず、私はエホバの証人の信者にして外科医」(1989年1月号)

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